大きな意思決定ができないのは覚悟が足りないから。

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かく‐ご 【覚悟】

[名](スル)
1 危険なこと、不利なこと、困難なことを予想して、それを受けとめる心構えをすること。「苦労は―のうえだ」「断られるのは―している」
2 仏語。迷いを脱し、真理を悟ること。
3 きたるべきつらい事態を避けられないものとして、あきらめること。観念すること。「もうこれまでだ、と―する」
4 覚えること。記憶すること。
5 知ること。存知。

デジタル大辞泉
http://kotobank.jp/dictionary/daijisen/

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普段から使っている言葉なんだけれど、

最近は「覚悟」という言葉が気になります。

「大きな意思決定をできるかどうか」というのは、

「覚悟」の有無なのだと思うわけです。


「覚悟」。

辞書的には「ネガティブなことに立ち向かう心構え」のような意味もあるわけですが、

「物事の本質を見極められた状態」という意味でもあるようです。

物事の本質、、それってなんだかむずかしいなぁって。


物事の本質なんていうのは、結局は仮説思考でとらえるものだと思うのです。

「色々な事を考えてきたけれど、○○っていうのはきっとこうなんだと思う。」

経営の本質、教育の本質、営業の本質、人生の本質、

すべての本質は、当事者の仮説なんだろうなと。


「色々な事を考えてきたけれど、○○っていうのはきっとこうなんだと思う。」

それは仮説ではあるものの、その時点における、その人にとってようやく見付け出した「本質」であり、

すなわち、いずれはその人の「覚悟」へとつながっていくものなのだろうなと。


意思決定ができない。 覚悟が足りない。

仕組みとしては 「色々な事を考えてきたけれど、、、」 の部分がまだまだ不足しているような状態なのだろう。

それらのことは悪いことのような風潮もあるけれど、それまで考えなくてもよかったことについては、

考えなくてもよかったから考えてないのだし、覚悟ができるわけもないし、意思決定できるはずもないわけで。

その人が考えるべきことを、その人が知覚し、その人なりに、色々な経験を積み重ねて、色々な事を考えているのなら、

ゆくゆくは先が見えてくるのだろうし、別に問題のない状態なのではないかなぁと。


逆に言うと、自分が考えるべきことから逃げてしまうようなタイプの人は、

自分が向き合うべきことなのに、いつまでも「覚悟」なんていうものが形成されるはずもなくて、

いつまで経っても意思決定なんていうのはできないのではないのかなぁなんて。


異性、受験や進路、恋愛、就職、仕事、収支、結婚、教育、健康、介護、

思春期ぐらいから、徐々に人生のファクターが増え続ける中で、人は意思決定を繰り返していく。

反省をしても後悔はしない意思決定というのは、繰り返し、繰り返し、考えながら行動し続けることなのかなって。

人生って、そうやって繰り返し学んでいくことのその全てなのかもよって。

28歳なりの仮説。

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