「充実感の幸福」と「充足感の幸福」

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人は、ちょっと空き時間がもらえた時って「なにかしなくちゃー」という気持ちになったりするわけですけれど、そういう気持ちで埋めた時間っていうのはどこか味気ないような気がしてしまいますし、まるで「埋まらなかった場合は不幸なのだ」と自分で決めつけているようでかわいそうに思います。

自発的なものがあるかどうかというのは才能や自然的な欲求なので、自発的なものがあればそれに従えば良いし、自発的なものがなかったとすればそれはそれで充足されているということなので、ゆったりとその状態を噛み締めて過ごせば良いのだと僕は思います。(僕は人それぞれの幸福のカギを「充実感」と「充足感」の2方向から見つめるタイプです。)

しかしながら、普段は時間がないなかで取捨選択をしているわけですから、そういうことをしているうちに「ノミネートすらされなくなる自発的なもの」というのもあるのではないかなと思います。

本当はそこにあるのに気が付かないで過ごしている愛。
それもかわいそうに思ってしまう。

ということで、私も2012年の1~2月はほんの少しの空き時間を頂戴しているので、自発的なものに取り組んだり、ゆったりと状態を楽しんだりして過ごしているわけですが、自分の中の奥に眠っている「自発的なもの」にも寛大になってみようと思ってます。

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